休まない職場に潜む、見えない生産性損失
多くの組織が生産性向上の機会を見過ごしている可能性があると、この調査は示唆しています。従業員が健康上の課題を抱えながらも働き続け、利用可能な支援を必ずしも活用できていない実態があるようです。長期休暇や病欠などによる欠勤率が低いことは、一見すると従業員の健康状態が良好であるように見えますが、実際には勤務中のパフォーマンス低下を覆い隠している可能性があります。これは、職場において健康やウェルビーイングについてオープンに話し合うことの重要性を示しています。
職場環境の改善や従業員の状況に応じた調整には初期費用がかかる場合もありますが、今回の調査では、こうした支援が長期的に大きなリターンをもたらす可能性が示されています。特に労働年齢人口が減少する日本では、さらなる生産性向上が求められており、これは大きな機会となります。
参考:OECD Japan economic snapshot
日本の従業員が抱える課題:相談への自信とプレゼンティーイズム
調査結果によると、日本の従業員は、健康やウェルビーイングに関する課題について雇用主に相談できるという自信が、調査対象国の中で最も低い水準にあることが明らかになりました。メンタルヘルスについて相談できると回答した人はわずか24%、身体の健康問題については42%にとどまっています。同様に、メンタルヘルスについて解決策を見つけるために雇用主が支援してくれると自信を持っている日本の労働者は5人に1人(20%)に過ぎず、身体の健康問題については38%でした。これらの結果は、職場における心理的安全性やウェルビーイングへの取り組みが重要であることを示しています。
日本では、職場支援への信頼感、つまり健康上の課題について相談し、必要な支援を受けられるという自信が、他国とは異なる形で従業員の行動に影響していることが判明しています。具体的には、健康上の理由による休暇取得よりも、プレゼンティーイズム(体調不良を抱えながら出勤すること)に強く影響しているのです。
この自信が低い従業員は、休暇取得の回数が少なく、休暇日数も短い傾向にあります。一方で、自信のある従業員は、必要に応じて休暇を取得する傾向が高く、休暇日数も大幅に増加しています。特にメンタルヘルスに課題を抱えている従業員では、職場支援への自信がある人と低い人の間で、平均22.2日の差が見られました。
同時に、自信の低い従業員ほど、休暇を取る代わりにプレゼンティーイズムで対応しようとする傾向があることも示されています。メンタルヘルスの不調についてみると、体調不良を抱えながら働く割合は、自信のある従業員では53.1%であるのに対し、自信のない従業員では77.3%に達し、約24ポイント高くなっています。
BSIのGlobal Head of Human and Social SustainabilityであるKate Field氏は、「職場におけるウェルビーイングは、信頼の文化から始まります。従業員が健康上の課題に直面しているとき、雇用主にもできることはあります。従業員を支援し、組織のパフォーマンスとレジリエンスを維持するために、雇用主が実行できる、簡単でありながら意義のある取り組みは少なくありません。本調査結果は、信頼が十分に醸成されておらず、支援を利用しにくいと感じられる職場では、従業員の健康上の課題が深刻化し、休職や病欠につながる可能性が高まることを示しています」と述べています。
支援制度の認知と活用におけるギャップ
重要なことは、単に支援体制が存在するかどうかではなく、それが従業員に認知され、信頼され、実際に利用されているかどうかです。多くの組織がウェルビーイングに関する枠組みを整備している一方で、職場のウェルネス基準について「よく知っている」と回答した従業員はわずか15%にとどまりました。また、これらの基準に価値があると感じている従業員は39%に過ぎませんでした。さらに、30%の従業員は、メンタルヘルスに関するニーズを支援するための合理的な職場環境の調整について、雇用主は対応に消極的であると考えています。これは、制度が整備されていても、従業員が利用しやすいと感じているとは限らないという明確なギャップを示しています。
支援に対する情報が十分に伝わっていないことも、問題をさらに複雑にしています。メンタルヘルスやウェルビーイングについて、雇用主が定期的に情報発信していると回答した従業員はわずか33%にとどまりました。このことが、支援の内容が見えにくく、実際に活用しにくいという認識を強めています。また、こうした状況は、一部の労働者の間で、「相談しても変わらない」という深い諦めの感覚につながっている可能性があります。
こうした傾向は、特に建築・不動産関連分野で顕著に見られます。同分野では雇用主への信頼度によるギャップが最も大きく、職場支援への信頼感が低い従業員では、プレゼンティーイズムの割合が約60%から88%近くまで上昇しています。これは、プロジェクトのスケジュールや納期に関するプレッシャーが影響している可能性もあります。
メンタルヘルスがキャリア形成や人材定着に与える影響
本調査では、メンタルヘルスの課題が従業員のエンゲージメント、人材定着、キャリア形成に影響を及ぼしていることも明らかになりました。約22%が仕事へのモチベーション低下を、34%が自身の業務遂行能力に対する自信の低下、31%がキャリア上の意欲への影響を挙げています。特に、64%がメンタルヘルスの課題によって、退職または長期休暇につながったと回答しており、人材定着と組織の成長に対する影響が浮き彫りになっています。
一方で、全体的な離職率は、職場支援への信頼感の高さによって大きく変わらないことも示されています。これは、健康上の課題が続いている場合でも、転職や離職といった行動に移りにくい、構造的または文化的な制約がある可能性を示唆しています。
BSIジャパンのマネージング・ディレクターである根本 英雄氏は、「長期休暇や病欠などによる欠勤率の低さは、従業員が健康であるという印象を与える可能性があります。しかし実際には、生産性の損失は日々の業務パフォーマンスの低下という形で見えにくくなっており、企業にとって隠れた生産性の課題となっています。日本企業は、欠勤に関する指標だけを見るのではなく、従業員が安心して支援を求めることができ、それが状況の改善につながると信じられる信頼の文化を構築する必要があります」と述べています。
経済ビジネスリサーチセンターのシニアエコノミストであるLiam Daly氏は、「本分析では、従業員が健康上の課題について雇用主に安心して相談できると感じている場合、組織の成長機会につながることが示されています。重要なのは、これにより雇用主の役割が、単に義務として対応するものから、組織が主体的に取り組む機会へと捉え直される点です」と述べています。
BSIが提供するガイダンスと関連規格
英国の国家標準化機関であるBSIは、健康やウェルビーイングの課題を抱える従業員を組織がより適切に支援できるよう、明確で実践的なガイダンスを提供しています。これらの規格の導入は、従業員の信頼を高めるとともに、組織の準備状況とコミットメントを示し、信頼に基づくオープンな文化の醸成に寄与します。
関連する規格として、労働安全衛生マネジメントシステムに関するISO 45001や、職場における心理的健康・安全に関するISO 45003などがあり、心理的安全性の高い職場環境づくりを支える枠組みとしても活用できます。
調査概要
本調査は2026年2月に経済ビジネスリサーチセンターによって実施されました。日本における独自調査に基づくもので、過去5年以内に特定の課題を経験したと回答した個人を対象としています。
日本では1,008人が調査対象となり、404人がメンタルヘルス上の課題、604人が身体の健康上の課題を挙げました。回答者は、建設・環境、医療、ホスピタリティ、小売・卸売の4つの経済セクターから選出されています。
本調査は、以下の3つのモジュールで構成されています。
- 職場が健康・ウェルビーイングに関する課題に対応し、支援を提供する準備状況の評価
- 従業員が健康・ウェルビーイングに関する課題について雇用主に相談できるという自信、解決策を得られるという自信、および職場全体の生産性との関係の検証
- 職場における規格・標準に基づく施策の価値および利用可能性に関する検討
BSI(英国規格協会)は、世界中で研修、保証、認証、アドバイザリーサービスなどを提供するグローバルな専門機関です。詳細についてはBSIグループジャパンのウェブサイトをご覧ください。また、経済ビジネスリサーチセンターについてはこちらのウェブサイトで詳細を確認できます。





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